アイテム紹介

オススメアイテムをご紹介します。通信販売をご希望の方は、特定商取引法に関する表示をご参照ください。

COLUMN西へ向かったシロー君(カヤック旅日記)

「シロウの旅日記」 西へ向かったシロウ君(コメント セタス笠原氏 -Tracks時代-) 2001年6月10日~29日
青字はセタス笠原氏のコメントです。
この旅日記は、店主大瀬志郎が、TRACKS WESTを立ち上げる以前、それまで住んでいた神奈川県茅ヶ崎市から、徳島県へと移住を計画し、引っ越す前に茅ヶ崎から徳島までカヤックで行ってみようと計画した際の模様を、携帯電話のメールを利用し、リアルタイムでセタスのホームページに掲載したものです。
結局その後TRACKS WESTは、徳島県ではなく、現在の滋賀県に落ち着くことになりましたが、まあ表題の通りとにかく西へ行きました。海をなめてはいけませんが、ハチャメチャな部分もあり、この日記がカヤックの旅を大袈裟に考えず、より身近に感じていただく一助になればと思います。

フェザークラフトの輸入元エイアンドエフで働いていた、私(笠原清孝)の親友でもある大瀬志郎君が、エイアンドエフを辞め、徳島へ移住(現住所は茅ヶ崎)することになりました。そして子供が生まれたばかりだというのに、何を思ったか引っ越す前にカヤックで徳島まで行きたいと言い出し、6月10日の早朝出艇すると言うので、小雨のぱらつく茅ヶ崎ゴッデス前の海岸へ、赤いフェザークラフトカサラノを見送りに行ってきました。
実は 本当の出発予定は一週間前でした。しかし日頃の不摂生が祟ったのか風邪で寝込んでしまい、予定は大幅に遅れているのですが、最初の予定から一ヶ月以内と奥さんにしっかりクギをさされての出発なので、はたして徳島まで辿り着くことが出来るのやら。そんな彼から携帯電話のメールで毎日送られてくる(予定の)日記を連載いたします。
別にスポンサーがついているわけでもなければ、記録の写真を残さなきゃいけないなんていう壮大な目的のある旅でもございません。勿論伴走艇なんて意味のないものがつくわけもありません。そんなわけで期限内に目的地までつかなくたって何も問題もなければ、行けるとこまで行ったらカヤックも畳んで送ってしまえば普段の気楽なツーリングと何ら変わるところのない、一人の男の勝手で自由な旅ですが、皆さんどぞ応援してやってください。

6月10日
茅ヶ崎での一週間の手痛い停滞をへて、やっと出航することができた。茅ヶ崎のショップ下からのこぎだしを笠原さんが見送ってくれた。鏡のように静かなのはいいが視界が悪く伊豆半島は見えない。やたらに多い釣り船を目印にしてすすむ。さあ、今日は楽勝だー。とおもいきや南がふきだし、もろ逆風。ヘロヘロになりながら真鶴漁港へ逃げ込んだ。五時間半のパドリングで終了。本日の主な動物はカモメ、飛び魚。おねいちゃん指数ゼロ。追伸・エイエムラジオでサッカー中継なんでやってないの。

風邪ひいて寝込むは、梅雨時にこんなことやったら根暗になるんじゃないかと言い出すは、もうなんだかんだ言って止めちゃうんじゃないかと思い始めてはいたのですが、ようやく出発しました。リョンリョン(奥さん)に決められた(と言っても子供が生まれたばかりで、しかも無職だというのに、よく送り出してくれました。リョンリョンエライ!)期限を有効に使って行けるとこまで行ってくれ!

6月11日
六月十一日曇りのち晴れ。真鶴岬から初島をかすめてまっすぐ川奈岬へ直行。少し追い風。サーマルもあがってきそうにないので、本日は距離を稼ぐことにする。岸にはよらず、岬、岬をめくっていく。天城山からの稜線が何本も海に落ちていく。いくつもの岬こえ、ようやく爪木崎がみえた。今日は、外浦に泊。あー疲れた。もうこんなに漕ぐのやめた。本日のアニマルは、またまたカモメ、飛び魚、おねいちゃん指数はゼロ。頭から離れない音楽、津軽海峡冬景色でした。明日は松崎を目指します。

6月12日
夜のうちから北東の風が強まり、朝には風をともなったウネリになっていた。爪木崎をこえるのは、かなり嫌だったが、外浦にも風が吹き込み、居心地が 悪かったので出発することにした。斜め後ろからのふいのブレイクに時折、ヒヤッとさせられた。爪木崎をようやくまわったところで精もこんもつき はてたが、なんとかそのまま弓が浜に上陸。650円のさば定食でなんとかパワーを充填し、さあ出発と思ったら、見たことのあるビーグル犬をつれた おじさんが近寄ってきた。なんと・・ボンのパパではなく、塩島さんだった(注・伊豆のローカルカヤッカー)。そのまま塩島さんには別れを告げ、 岩地へと向かう。石廊崎をまわり、中木、入間、吉田、めら、この辺りの景色は、僕のお勧めポイントだ。烏帽子岩をまわったあたりで夕日も沈み、 岩地についたのときにはとっぷり日はくれていた。本日のアニマルフレンドは、きびなご、岩燕、ギャル指数ゼロ、頭不離曲はオフコースの「さよなら」でした。 明日は停滞。舟風呂温泉三昧です。

因みに、塩島さんが・・ボンのパパに似ているって言い出したのは、大瀬でも笠原でもありません。イニシャルがTSの「シーカヤッカー」です。

6月13日
今日は、ゆっくり松崎で骨休めさせてもらいました。昼飯は海遊荘の斎藤さんにおごってもらい、その後、松崎の西伊豆コースタルカヤックスでダラダラし、その後、そこのスタッフの武田君宅で晩飯を食べながらタイプの女性について語り合う。本日のアニマルフレンドはファング(武田君が飼ってるレトリバー)、おねいちゃん指数は五、明日は天気 悪そうです。出れるかなー。

やたら好みの女性について話すのが好きな男です。武田君は冬は私(笠原)と関温泉でテレマークスキーの仕事を一緒にしている男で、ようやく雪のシーズンも終わったばかりだというのに、すでに「早く雪ふらないかな~」とつぶやいているようです。

6月14日
居心地のいい松崎町を後に雨の西伊豆の海を漕ぎ始めた。せっかく昨日は晴れていたのにこれじゃ晴耕雨読ならぬ晴休雨漕だ。風は軽い向かい風で雨は強くなったり、弱くなったり、覚悟はしてたけどやっぱり梅雨だなあ。梅雨のなかカヤックなんかしてると根暗になるんじゃない か、と少し心配になる。そんなことを考えながら漕いでると今日の目的地の戸田がみえてきた。そのとたん、土肥の町を北東の風がぬけてき た。この風に逆らって戸田にいくのは無理と判断し、土肥に上陸した。公共浴場、定食屋という必勝パターンへ。なんとか雨を避けられる場所 を捜し出し落ち着く。テントさえはってしまえば雨なんかへっちゃらだい。予定では、今日は伊豆最後の夜。明日は、駿河湾を横断して目指 します。本日のアニマルフレンドは、ミサゴ、あじさい、おねいちゃん度数ゼロ、頭不離曲、キュウピー三分クッキ ングのテーマソングでした。

6月15日
雨は次第にあがってきたが、まだ北東の風が強く吹いている。風が強いせいか、ここから御前崎がはっきりみえる。明日の目的地の清水も見える。明日はなんとか渡れそうだ。 暇だから、ずっと海をみてると平日だというのにやたらカップルが多い。どうやら土肥は伊豆のデートスポットのようだ。 土肥は僕にとっていつも松崎に行くときにただ通り過ぎる町だ。しかし、今回の停泊ではずいぶんとお世話になってしまった。 観光案内所の軒先にテントをはらしてもらい、見知らぬ人に傘をもらい、定食屋のおばちゃんには、色々と食べものを持たしてもらった。僕は、どうやらゲンキンにもこの町が気に入ってしまった。 明日は、気合いれて駿河湾横断だ。アディオス伊豆ぺニンシュラ。 本日のアニマルフレンド、雀、鳩。おばちゃん指数、百。

本人は「相模湾横断」と書いてきたので、「駿河湾横断」と書換えておきました。

6月16日
朝起きると、軽い東風が吹いていた。居心地の良かった土肥の町に別れを告げ、出航した。戸田まで岸ぞいに漕ぎ、そこから清水に向かって駿河湾を横断。 終止大きいうねりの中に三角波のようなものが立っていて嫌な感じだった。清水港は、思ったより大きい港でキャンプ出来そうにないので先に進む事に。天女の羽衣伝説の松を海上から拝んだまでは良かったが、そこから安倍川をこえるまでの十五キロ、ショアブレイクのビーチとテトラ三昧で上陸できず、泣きそうになりました。 結局、ヤイズの少し北の石部というテトラで覆われたビーチに上陸した。今日はここでキャンプだ。明日は御前崎を目指す。本日のアニマルフレンドは、ボラ。 おねえ指数ゼロ、頭不離曲、Bzのウルトラソール、曲名あってたっけ?

またまた「相模湾横断」と書いてきたのですが、そんなことわかっていなくても行けちゃうって事ですね。

6月17日
今日の漕ぎ出しは、今までで最も早い五時。遠州灘を越えるまでは、風が吹くまでの午前中が勝負だ。まだ薄暗い中、釣り船とともに凪ぎの海を滑っていく。焼津の少し手前で、大きな水面を叩く音がするので振り向くと、ゆうに一メートルはある魚がジャンプした。魚種は分からないがかなり焦った。焼津を抜け、大井川の河口を通り過ぎる。静波のサーフポイントを抜け、相良港を横切れば、後は一直線に御前崎港だと思い気や、ラスト一時間は向かい風ですよの方程式にはまってしまった。しかも漁港ではなく、大きい方の港に入ってしまい、続く散々迷った挙げ句、漁港に到着。 しかも上がった漁港から一時間半かけて風呂を捜し、一時間かけて戻ってきた。風呂に入ったのに妙に疲れて、日記のメールをうちながら寝てしまう。 本日のアニマルフレンドは、正体不明のでっかい魚。姉指数ゼロ。頭不離曲は酒と泪と男と女。

6月18日
今日も早く起きた。無風の中を漕ぎ出す。御前崎港の防波堤を越えるともうそこは外洋だ。岬をまわると早速、西風の向かい風。右に延々と続く砂浜。目印になるものが少なく、あまり進んでる気がしない。一つ目の目印は原発だ。原発からの温排水のため、お尻がカヤック越しに暖かく感じる程だ。やけに魚が多く、その中に一匹やけに大きいのがスーと通っていった。見間違えたかな、と思ったらもう一回来た。やはり鮫だった。そんなに大きくないが、やはり嫌なものだ。遠州灘で厄介なものがふたつある。しらす船と沖の瀬といわれる沖の浅瀬だ。しらす船は、二隻一組で一つの網を引く。しかも波のブレイクラインすれすれで。このためまったく波の崩れない沖を走れない。そこへ沖の浅瀬でいきなり横でブレイクしてくるので必要以上に神経を使った。やっと福田の突堤が見えた時は本当にホッとした。港内の造船所のスロープに上げさせてもらい、更に納屋にテントをはらしてもらい、ママチャリを借り、水を貰った。見知らぬ土地での親切は骨身にしみる。快適な停滞生活が送れそうだ。本日のアニフレは鮫、姉指数はゼロ。頭不離曲は、海は広いな、大きいな。明日は停滞の予定。次の予定は舞阪港。

6月19日
今日は、午前中いけるかな、という感じだったが行かなくて良かった。昨日の予報より、早く風が強く吹き初めた。しかも南西風。海は午後には荒れていた。次の舞阪までは距離はたいしたことないが、しらす船をよけながら天竜川の河口をパスしなくてはならない。後、舞阪港は浜名湖の入り口に位置するため、満ち上がりでないと入れないらしいので、潮の時間を合わせる必要がある。そのため距離の割りには、いいコンディションを選んでいきたい。これらの情報は全てお世話になっている造船所の鈴木さんから教わった。明日は確実に出れなさそうなので、鈴木さんに2、3日お世話になります。と言うとじゃあ仕事手伝えということになった。鈴木さんは、彼のおじいさんの代からの船大工らしい。しかし、今はあまり船の仕事がないらしく、ベランダや風呂場のFRP防水加工が主らしい。ということで今日は、FRP加工職人やってました。明日は今日の続きと、鰻の選別台作りです。さあ働くぞう。それからおねいちゃん指数は上がりそうにないので廃止します。

そんなもん上がるわけないことぐらい、少なくとも私は想像がついていましたが・・・。

6月20日
今日も南西風がつよく、大雨、強風、波浪、洪水、濃霧注意報で役満だ。しかたがないので今日もFRP加工職人見習いだ。昨日の現場と同じく一般家庭の風呂場の防水工事だ。コンクリをうってタイルをはる前に、FRPで固めてしまう。風呂場でこの作業をやっているとクラクラしてくる。仕事は、清水さん一人でこなしきれないぐらいあるらしく、一月でも二月でもおってもええよ、と言ってくれている。有り難いがそういう訳にもいかない。明日、風が北東に変わり、次第に波が落ちそうなので明後日、天竜チャージする予定。 さあ、明日は漁船の修理だ。

このまま彼はFRP職人になって、遠州灘の人になってしまうのでしょうか?それもいいかもしれないけど、一つ気になるのは、お世話になっているのは「鈴木さん」のはずだったけど、「清水さん」てどちら様?

6月21日
今日は停滞の予定だったが、朝、海にチェックに行くと風もなく、落ち着いていたので、急遽出航することに。清水さん(?)も快く送り出してくれ、漁船で港のすぐ先まで見送ってくれた。港の外に出るとすでに東風が強くなってきており、うねっていた。追い風に乗ってぐいぐい進み、天竜川の河口に到達した。流れ出る濁流にうねりがあたり相当嫌な感じの波がたっていた。天竜川をクリアすれば一安心だ。鈴木さん(??)に教わった浜松駅前の40階建てのビルを目印に自分の位置を確認する。これでかなり精神的に楽になった。浜名湖入り口の突堤が見えた。今日は楽勝だった、と思いながら突堤を回り込もうとすると干潮から一時間たっているのにまだ引いている。その潮にウネリがあたり荒れている上、漕いでも漕いでも進まない。必死に漕いでいるうちに潮が変わり始め、やっと前に進むようになった。弁天島に上陸し、カヤックは公園にあげた。明日は赤羽。40キロ先。まだまだ修業は続く。

おねいちゃん指数は忘れて修行に励め。「さァ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ・・・・・・」って、オウム××教か。

6月22日
朝の予報では、東風、うねり1.5m。ベストコンディションだ。引潮にあわせて浜名湖を出ていく。目的地の赤羽までは40キロ。風に乗ってぐいぐい進む。浜名湖からイラゴまでは、ほとんどがサーフポイント。いたるところにサーファーがいる。位置の確認もサーフポイント を目印にする。渥美半島に入ると海沿いに道が無くなり、小高い稜線が続く。車の音の代わりに波の音と鳥の声が聞こえてきた。雨も降るなか、追い風でひたすら漕ぐ。気付くと目の前に赤羽港の突堤が見えていた。赤羽港でランチをとり、それから更にいらご港を目指すことにした。沖合に大型船がばんばん走っている。もうイラゴ水道は近い。 イラゴ水道とはイラゴ岬と神島の間の大型船舶の通り道だ。神島が見えた。すぐそこに見え、このまま渡れそうだがその手前を大型船がひっきりなしに通っている。岬をまわりこみ、港に入った。ついに遠州灘を漕ぎきった。本日のアニマルフレンドは、鵜、鮫。頭不離曲はウルフルズのバンザイ。明日は、鳥羽を目指します。紀伊半島上陸たぜー。

やはりその後確認したところ、「鈴木さん」が正しいようです。鈴木さん色々お世話になったようで、ありがとうございました。出発する前に、遠州灘が一番退屈そうだね。なんて話していたけど、終えてみると頭不離曲が明るくなっていました。明るい曲で行きましょう。淡々とカヤックを漕いでいたり、サーフィンの波待ちの時間て、好きな曲の時は良いけど、何故か好きでもない同じ曲が延々と頭の中で鳴り続けていることが多々あります。以前一緒に仕事をしていた今はプロになってしまったサーファーが、「今朝車のラジオでスキャトマンジョー聞いちゃったんスヨー。朝から波待ちしてても仕事してても、頭ん中でピーパッパパラッポってずーっと鳴り響いちゃって今日最悪っス。」なんて言っていたことを思い出しました。因みに私の場合は、サーフィンする前にユーロビート聞いちゃうと最悪です。

6月23日
昨夜、寝ているとテントを揺らされ、いきなり起こされた。モンベルの大枝さんとその彼女だった。彼は三重県在住のシーカヤッカー兼サーファーで今回もイラゴでサーフィンついでに訪ねてくれた。彼女のてにぎりおにぎりとビールの差し入れつきだった。干潮の潮止まりから満ち潮に合わせて出たため、出航は12時半と遅かった。このイラゴ水道に関しては伊勢のシーカヤックショップのアドベンチャー計画の岩崎さん、大枝さん、日本一周中のカメラマンの梅田さん達から情報を頂いた。 この行程に関してはそれでも安心出来なかった。天気、風、潮、船舶航路、そして自分が進むコース、全てがイメージ出来るまで出航する気にならなかった。僕のとったコースはイラゴ~鳥羽間のフェリーのコースとほぼ一緒だ。フェリーのあとを追って港を出ると、少しガスっていて神島は見えなかった。コンパスたよりに針路をとる。まだすこし潮が引いていて、南に流されているのが分かる。左斜め前に神島、真前には往路、復路でひっきりなしで船が走っている。しばらくタイミングを見計らって航路の目印となるブイの近くで待って、行けるときに一気に渡った。やったぜ。後は陸を目指すだけだ。 モヤっとしたなかに、多くの島と鳥羽の山々が目の前にうっすら見えてきた。これだ。こういうフィールドがシーカヤッキングワールドだ。 結局、鳥羽には上陸せず、少し北の二見浦へ上陸。そこに岩崎さんが迎えに来てくれた。今日、明日と岩崎さんのところにお世話になる。出発は月曜日。 本日のアニマルフレンドは鮫二匹、頭不離曲はトロピカール恋してーる。

6月24日
今日は太平洋高気圧がはりだし、風なく晴れで絶好のパドリング日和。しかし、今日は岩崎さんにどうしてもサーフィンにいこうと誘われ、仕方なく〔???〕国府の浜へ波乗りへ行くことに。波はあまり無かったが、岩崎さんにセミロングの板を借りて、小さめながらの波だったが、結構楽しめました。岩崎さんもウェイブスキー、一緒にいったトライアスリートの久保君は、FIVE-Oと いうシットオンカヤックで初挑戦。久保君もどうやらはまってしまったようです。夜、アドベンチャー計画の事務所で地図をまとめたのだが、最低でも10km以内に上陸できる港や奥深い湾がいっぱいある。まったくよだれがでるぜ。ここからは、ゆっくり海岸線をたのしませてもらおうっと。 本日のアニマルフレンド、チョビ(岩崎さん宅の柴犬)、なんとおねいちゃん指数30 In国府の浜。

6月25日
今日は、朝飯、昼飯を岩崎さん宅でよばれ、午前中は、シーカヤック業界の未来について語り合った。午後、結局三時半に上陸地点の二見浦を出発した。二見浦は鳥羽の少し伊勢よりの観光地だ。出航しようとしていた砂浜で名古屋テレビが撮影をしていた。よく見るとその中にアパッチけんさんがいた。岩崎さんに見送られ、無事出発。天気は晴れ。衣類、装備はカラカラに乾燥、バワーとガッツも十分に充填済みだ。漕ぎ出してしばらくはべた凪ぎ。グイグイ漕いだ。鳥羽の少し手前で左斜めで気配がしたので振り向くと、ぬるっとしたものが、続く水面に浮かびあがり、ブシュッと音がした。スナメリ君だった。二メートル程、ま横を伴走する感じですぐきえていった。海での鯨類との出会いはなんとも嬉しい。その後、向かい風だったが、気を良くして目的地の石鏡という小さな港に上陸。海女さんの町らしく、ノーブラのおばあちゃんが闊歩している。カヤックの置き場とキャンプの可否を訪ねると快く了承してくれた。なかなか感じのいい港だ。明日は大王崎をまわり、英虞湾を目指す。アニマルフレンドはスナメリ。おねいちゃん指数、二十。頭不離曲、グリーンデーのマイノリティー。

アパッチけんって良くわかったな。昨日今日と止めた筈のおねいちゃん指数が復活。

6月26日
なかなか雰囲気のよかった石鏡を後にする。今日の出航は五時半。海は凪ぎで、朝焼けがきれいだ。目の前にはいくつもの稜線が重なりあっている。志摩半島は標高が無く、その突端の大王崎は御前崎をスケールダウンした感じだ。当然、風も抜けやすい。大王崎をまわるとそこは熊野灘だ。パワーのあるうねりが現れ、少し気が引き締まる。志摩半島の南岸は海女さんが多い。一人の海女さんが、「兄さん、えーなあ。」と話しかけてきた。英虞湾、五カ所湾を横切り、ニエ湾に入る。海にいたおじさんから情報収集し、老人ホームの前の静かな浜に上陸し、テントを張った。水シャワーとトイレがあり、条件はいい。岩崎さんにもらったレガーのきのこリゾットとお汁粉を食べ、満足する。この旅初めての強い日差しに少し疲れたのか、シュラフも 出さずに爆睡する。明日は、紀伊長島を目指す。

6月27日
朝、目覚めるとまたきれいな朝焼けだった。今日はあまり距離を漕がないので、ゆっくりとレガーを 食べ、余裕をもって出航する。にえ湾の突端にある見江島との間を抜けて外海へでる。風はなく、 うねり少々。小さな湾の事を浦というようだ。本当に津々浦々と呼ぶにふさわしい風景が続く。 湾や浦の奥はたいてい、港があるのだが、地図上である浦の奥に道がついてないことに気づき、 その浦の中に入っていく。漁船の音も聞こえない一番奥の入り江にカヤックで音をたてずに入って 行く。静かな入り江は、聞き取れない程の鳥達の声が鳴り響いていた。そこでしばらく鳥の声に囲ま れながらリラックスした時を過ごした。紀伊半島は鳥が多い。しかも、でかい。トンビも湘南にいる のよりでかい。鵜なんかいつもみるやつより二倍ぐらいでかくて、とんでいるとそのトンビよりでか く、「恐竜か、お前!」とつっこみたくなる。その浦を出ると南西風が、強く吹いていた。 三角波がしたから突き上げてくる。一時間ほど人工物が全く目で確認できないエリアを漕ぐ。漁船、 ブイ、灯台、民家、なにも見えない。見えるのは、空と海と稜線だけだった。この風景は何百年も 変わっていないだろう。最後の岬をまわり、続紀伊長島港が見えてきた。赤羽川の河口の川原に上陸 してキャンプ。なかなかいい町だ。聞き込み捜査開始ですかさず銭湯を発見した。三日ぶりの風呂で 身も心もきれいに。明日は尾鷲を目指します。

6月28日
今日は、となりの湾の尾鷲までにしとくつもりだったが、朝の天気予報がいい感じだったので、その先の熊野迄行くことにした。凪ぎの中、グイグイ漕ぐ。距離をすすめる時はこの時間帯にどれだけ漕げるかが勝負だ。八時くらいには、軽く風が吹き始める。風が吹くと潮と風がぶつかり、海面が動き始める。尾鷲の湾を横切ろうとしたあたりから急に進まなくなってきた。三木崎をまわるところでは、川の様に流れているのがはっきりと分かった。しかも向かい潮だ。とにかく、前に進まない。開き直ってもくもくと漕ぐことにした。とにかく、漕いでいれば、続く前へ進む、進んでないようでも進んでると自己暗示をかけられるようになった。しかし、今日の向かい潮アンド三角波は強力だ。ナーバスになっていく中でこれではイカンと大声で色々と叫びながら気合いをいれた。なんとか最後の岬をこえ、熊野ではなく隣町のビーチへ上陸。往路バス、復路電車で熊野の銭湯へ。明日は七里御浜をこえ、和歌山県に突入。この旅の最終日となる。 アニマルフレンド、鵜、飛び魚、おねいちゃん指数40。

熊野は以外におねいちゃんが多いようですね。

6月29日
今日は、熊野から始まる七里御浜を新宮に向けて、七時半とユックリめのスタートで漕ぎ始めた。夜のうちから風が止まらず、出発するときも海はざわついていた。だいたい七里といっても本当に七里もないのが普通だ。ここも二十キロぐらい。しかし風もおさまってるというのにどうも進まない。やはりここまで来ると多少、黒潮の分流の影響があるのだろうか。そういえば、セタスの杉本君も僕の逆で紀伊半島をまわっているいるのだが、余計なことをあまり喋らないことで有名な彼が、今回の旅の話をしてるとき、「えっ、逆をやるんですか? 潮が・・・」と言っていたのを思い出した。そのうち風も逆風になってしまった。今日こそ、最後の楽勝パドリング、と思っていたのに、最後の最後まで体育会系かい!とぼやきながらひたすら漕ぎ進む。楽しみにしていた熊野川河口も今日は濁りまくっており、河口から二、三キロ海がクリーム色になっていた。なんとか那智勝浦手前の宇久井に上陸。ここでこの旅に終止符をうつ。これで失業父さんカヤックで四国への旅も期限切れで企画倒れが決定いたしました。明日からは、失業父さん子育て奮闘日記、ハウスハズバンド、ジョン・レノンを目指せが始まります。明日は名古屋在住のフェザークラフトオーナーの大川さんが迎えに来てくれて、紀伊長島周辺で遊ぶ予定。伊勢に戻った後、月曜日の夜行バスでTOKYOに戻る。本日の頭不離曲はプシンのニューブランニューデイ。この曲がこの旅のテーマソング。あー楽し かった。解放的、濃厚かつデインジャラスな日々でした。
スペシャルサンクス、セタス、エイアンドエフ、アドベンチャー計画、西伊豆コースタルカヤックス、海遊荘、丸登造船所、食事処さくら、大枝さん、大川さん。メールで応援してくれた人々。 自分勝手な私の旅にご協力頂きありがとうございました。

無事シロウ君の旅も終えたようです。
シーカヤッキングにもエクスペディションがあったり、釣りやシュノーケリングのための足であったり、最近ではアドベンチャーレースの一行程であったり、色々なスタイルがあり、人によって目的も様々です。勿論人それぞれの目的で良いと思いますが、私のシーカヤッキングは、例えるならピークハンティングが目的の登山より、歩いて旅することが目的のバックパッキングに近いものです。だから、今回の旅は日程が足りずに四国までは行けませんでしたが、私は十分だと思います。無茶をしてはいけませんが、そんなに気負わなくても、シーカヤックの旅って自分のペースで結構やれるものだという良い見本になったのではないでしょうか。私達は気軽なバックパッカーのようなシーカヤッカーを応援します。またこの続きが始まったら掲載いたします。そして今後もこのような旅などご紹介していくつもりです。お楽しみに。
※スペシャルサンクスから肝心なリョンリョン&タイシ(奥さんと子供)が忘れられているぞ。