ツアーレポート(奥琵琶湖 近江塩津 – 海津 1WAY ツアー/2025年6月8日)/大瀬泰志

「やっぱり”カヤックを漕いでここまで来る”、ってのがいいよなあ」

奥琵琶湖の”隠れ里”菅浦に鎮座まします須賀神社を訪れて皆でしみじみと言った。津々浦々、日本中の隅々までアスファルトが敷かれ、どこへでも動力車を使って楽に素早くアクセスすることができるこの時代でも、いや、だからこそ人力移動が旅に与えてくれる趣や彩りは魅力的だ。

この日は近江塩津を出て、葛籠尾崎を抜け、菅浦にちょっと立ち寄り、海津に帰る、まさに津々浦々を巡る旅であった。

「新緑には間に合わんかったかあ」

柔らかな緑で彩られた優しい景色は去り、山が元気よく湖岸までせり出す。すっかり夏模様である。

近江塩津を出発して、月出という集落を越えると琵琶湖のモストワイルドエリア”葛籠尾崎”がある。隣の集落である菅浦まで10kmほど、道路は湖岸ではなく山の裏を通るので陸上からアクセスすることができない。従って人や人工物の存在がここでは制限される。昭和初期、船での行き来が当たり前だった時代にはこの辺りにも人が住んでいたというが、土と木でできた当時の木造建築は瓦と石垣を残してすっかり自然に還っている。たった10kmやそこらでも、人工物の見えない景色というのはいいものだ。

葛籠尾崎を回り込むと、そこが”隠れ里”菅浦である。

山と琵琶湖の狭間のわずかな平地にひっそりと存在するこの集落は隠れ里という言葉がよく似合った。つい60年ほど前に道路が走るまで、菅浦には船で渡るか山を越えるかでしか訪れることができなかったという。

集落の前の砂利浜にカヤックをあげ、かつての監視門であった茅葺きの四足門をくぐる。「昔の日本の漁村の風景というのはどこもこんなだったんだろうな」と思いを馳せると、遺伝子レベルでどこかこの風景に懐かしさを覚えた。

「せっかくなので須賀神社、参拝しましょう」

1300年近い歴史を持つ須賀神社。入り口に立つ巨大な大銀杏とけやきの木に感嘆しながら、琵琶湖から山へとゆるやかに伸びる参道を歩く。振り返ると、半島と木立に切り取られた琵琶湖がキラキラと光っていた。やがて手水舎が見えてくるが吐水口は見慣れた龍などではなく巻貝、と珍しい。

手水舎の隣には「ここより上は心身を清めると共に神域清浄保持のため土足を禁止します」の但し書き。

手水舎から社殿までの石段は土足が禁止されている。スリッパも用意されていたがそこはあえて皆裸足を選んだ。

 

「カヤックを漕いできて、参拝するというのがいい」

帰り道、皆口を揃えて言った。参拝する、という目的達成だけを求めるなら動力車で訪れた方が効率が良いかもしれない。ただ、かつての形をなぞって水上を歩いて神社を訪れ、水上を歩いて帰る、それが旅に深みを与えたりする。自分の力以上のスピードで来ては見逃してしまう世界を、僕たちはカヤックで感じながらここまで来たんですからね。

海津に帰ると、回してあった車にカヤックを積み込み出発地点へと帰る。道路は山を突き抜け、僕たちが1日かけて漕いだ”津々浦々の旅”をわずか20分ほどで巻き戻してしまった。

これじゃなんにもわからないね。